(2010.08.02)
自然体の自分を追求する
派遣社員 兼 映画監督
杉本曉子さん
31歳
ワンダフルワークス第14回のゲストは、平日は派遣社員として働きながら、休日は横浜馬車道にある「海岸通団地」を舞台に、団地に住む人たちのドキュメンタリー映画を撮影している杉本曉子さん。杉本さんは大学卒業後、テレビ制作会社で3年間働いた後、映像業界から離れていくつかの職を経験。2008年6月から10カ月に渡って団地住民の生活を追った自主制作映画「海岸通団地物語」は、「CREAMヨコハマ国際映像祭2009」でもコンペティション国内長編作品として上映され、現在も団地での撮影は続いています。派遣労働も映画撮影も日常の一部として取り組む杉本さんの生き方には、自分のやりたいことを自然体で追求していく姿が表れていました。

異業種を経験しながら映像の勉強を続けていた
- 質問
- ―杉本さんは派遣社員として働きながら、映画撮影もしているということで、いまの1週間の過ごし方を教えてください。
- 杉本さん
- いまの派遣先では、基本的には平日の朝9時から5時半まで働いています。人が足りなかったりすると残業になることもありますね。撮影は休日にしていますが、土曜日は前日まで仕事をしていて準備が大変なので、土曜には自分の用事を入れたり、インタビューや機材の準備をして、撮影は日曜日にやるようにしています。あとは編集作業やブログ更新も日曜日にしていて、撮影のアポ取りや上映会の準備は平日の昼休みとか夜以降にもやっています。
- 質問
- ―テレビ制作会社を辞めて、派遣をしながら映画を撮るようになったきっかけは?
- 杉本さん
- テレビ制作会社を辞めた後いくつか仕事をしたんですけど、いまの派遣労働に切り替える前は建築の専門雑誌の編集部で、正社員として働いていました。でも映像がやっぱり好きだったので、もう一度映像に戻りたいと思っていて、編集の仕事をしながらシナリオを書く勉強もしていたんです。
- 質問
- ―別の仕事をしながら、映像の世界に戻る準備は続けていたんですね。
- 杉本さん
- でも編集の仕事では終電まで働くことも多かったので、忙しい生活にかまけて映像の世界に戻る兆しもなくて。これじゃあ何にもできないし、ちゃんとしっかり勉強したいなと思って派遣に切り替えたんです。
- 質問
- ―海岸通団地を撮影することになったのはどうしてですか?
- 杉本さん
- 当時、市民メディアのワークショップに参加していて、そこで企画を出して通ったのがきっかけでした。テレビ制作会社でADをしていた時から建物の企画を出したりしていたので、横浜の街中にある団地にどんな人が住んでるんだろうと思って撮り始めたんです。

これまでは怒られれば済んだことが、いまはそうはいかない
- 質問
- ―映像の仕事をしたいとずっと思っていながらも、最初に就職したテレビ制作会社を辞めたのはどうしてだったんですか?
- 杉本さん
- テレビ制作会社にいた3年間は、本当に夢中で働いて楽しかったんです。ただ、すごく忙しかったのも事実で、1週間家に帰れないとかざらだったし、寝れなかったりとか。そうしてやっていくうちに、自分はなんでこんなに仕事してるのかわからなくなってきて、いま思えばすごく若気の至りかもしれないけど、本当に映像が好きで始めたのに、映像に対して純粋でいられないことに疑問を感じるようになったんです。
- 質問
- ―それでいったん離れてみようと?
- 杉本さん
- あえて映像と違う仕事をしてみて、それでも本当に好きだったら戻るだろうから、自分を試してみたいと思いました。制作会社にそのままいてディレクターになることはできると思うんですね、でもそれは違うなって。もう一度、就職活動した時みたいに「これしかない!」って気持ちで映像と向き合いたいと思ったんです。
- 質問
- ―改めてこうして映像に携わるようになって、テレビ制作会社で映像を作っていた時とどんなことが変わりましたか?
- 杉本さん
- 会社でやっていた時とは責任が違いますね。今回団地を撮り始めて、当時先輩に言われてた言葉が初めて全部わかるようになったというか。制作会社にいた時は、仕事がうまくいかなくても、同僚とか先輩、上司に相談したりできたのが、一人だとそういうわけにはいかない。私が撮影相手の方からインタビューに答えたくないって言われたら、本当にそれで関係が切れちゃうんですよね。だから最初の1年くらいは毎回電話する度に緊張して気持ち悪くなるくらい、やっぱり自分に全部かかってるから、責任をすごく感じるようになりました。
- 質問
- ―主な収入源は派遣労働であっても、映像に対する緊張感や責任感はむしろ強まったんですね。
- 杉本さん
- もちろんですね。仕事じゃないっていうことで逆に責任感がでるというか。前はやっぱりアシスタントだから、自分が失敗しても怒られれば済むことでした。今度の場合は、自分がやりたいと思ってそれを自分で作ってるわけだから、全部自分に返ってくる。これまでは怒られれば済んだことが、いまはそうはいきませんから。
- 質問
- ―そんなに大変な思いをしながらも杉本さんを突き動かすものってなんでしょう?
- 杉本さん
- おりこうさんみたいな答えになっちゃうかもしれないですけど(笑)、住民の方たちが最初は撮影を怪しんでたのが、「杉本さんまた来てんの」とか、「がんばんなさいよ」とか応援してくれて、それがすごい原動力になるんです。上映会でもみなさん感想を書いてくださって、「次回作また観たい」って言ってもらえたりとか、そしたらやっぱりやめらんないなって。

団地での撮影を通じて、映像で生きていくことを覚悟した
- 質問
- ―自主映画を撮り始める前といまの自分で、何か変化はありますか?
- 杉本さん
- 撮る前までは、それこそ生きることについてあまり深く考えてなかったと思うんです。将来自分がどう暮らしていくかとか、年金のこととかちゃんと考えてなかった、自覚を持ってなかったんですよね。なんとなくカメラを回しはじめて映像を作ることしか考えてなかったけど、いまは映像で生きていくっていうことを考えるようになった。覚悟したというか。団地の住民の方からもいろんな話を聞いて、年金っていくつまで払えばいくらもらえるんだろうって考えるようになったし、自分の生き方の責任を考えるようになりました。
- 質問
- ―撮影を通じて自分を見つめ直すことにもつながったんですね。
- 杉本さん
- そうですね。いまも撮影を続けていますが、これまで撮影してきた人たちだけじゃなくて、もっとあの団地の歴史がわかるような作品をこれからは作っていきたいと思ってます。住んでいる人たち一人ひとりのことを記録していくことって重要だと思うし、それがずっと自分が追いかけてきた自分の撮りたいことでもあり、使命でもあるのかなって。その糸口を探すために、いま団地に住んでいる100世帯の方々へのインタビューを始めていて、団地の立て替えが完了する前くらいまでにはきちんとまとめたいなと思っています(※注)。
- 質問
- ―いまは派遣で働いている時間の方が映画を作っている時間よりも多いと思いますが、平日に派遣の仕事をしている時は、生活の為と割り切って働いているんですか?
- 杉本さん
- そんなことなくて、どこでも結構楽しく働いてるんです。いまの派遣会社でも本当に良くしてもらっていて、休日出勤とかもたまにあるんですけど、それも一生懸命やっています。割り切って働くやり方もあるかもしれないけど、私の中ではこれまで映像作ってきて、必ず何かにむすびついてると思ってますし、雑誌の編集部で正社員としてとして働いてた時は、ここにいるのは本当の自分じゃないって思って働いてたんですよ。でも、それってすごくみじめだなってことに気づいたんです。
- 質問
- ―派遣の仕事も映画の撮影も、線引きをすることなく自然体でできてるんですね。
- 杉本さん
- 全部つながってますからね。派遣を辞めて印刷会社で日雇いしてた時もあったんですけど、そこで一生懸命働いてたら、たまたまそこの社長がNHKの人と知り合いでプレゼンしに行けたこともあったし、必ず何かにつながっているっていうのが私の信条なんです。いまの会社も、ここから何かつながると思ってるし、会社の人も応援してくれてて、だから私もがんばって働かなきゃって思えるんです。
※注 1950年代に横浜馬車道に建てられた「海岸通団地」は、現在建て替え計画の為に取り壊しが進んでおり、以前は9棟あった建物も現在は4棟になっています。住民には単身の高齢者も多いため、建て替え後に予定されている家賃の値上がりも住民の方々には大きな問題となっています。杉本さんは初監督作品「海岸通団地物語」の完成後も団地に通い、現在は団地に住んでいる100世帯の方々へのインタビュー撮影をスタート。建て替えが完了する前に団地に住む一人ひとりを記録しようと、一人でも多くの住民の方からの協力を求めているそうです。

働くことは、自分の中の日常でもあり、日々。
- 質問
- ―これまでいくつかの仕事をしてきて、それぞれで共通してるようなやりがいはありましたか?
- 杉本さん
- 人が合わなくてほんとにやだって思った仕事もありますけど、でも結果的に出会った人とは必ずつながっていってるのがうれしいんです。制作会社の時にすごく尊敬している先輩がいて、「君が出会うすべての人が先生なんだよ」という言葉を言ってくれたことがあって。確かにこれまでの仕事が全部つながってるんです。印刷屋で働いてた時も、ファストフード店で深夜バイトしてた時も、常に必ず何かしら学んでる。人との付き合い方だったりとか、その付き合いを学んでることが、結果的に映画を撮影する時に団地住民の方とどう触れ合ったらいいかというところにつながってるし、技術的なものを学んでやりがいがうんぬんというよりも、人との付き合い方を学んでいる気がします。
- 質問
- ―いまは派遣社員として働いていて、やっぱり不安定な働き方にはなってしまうと思うんですが、そこに対しての不安はありますか?
- 杉本さん
- 実は派遣を切られたこともあるんですね。すごく一生懸命働いてたけど、派遣だから切られちゃうのは仕方ないじゃないですか。だから、やっぱり自分の代わりはいると思ってます。でも、実はちょっといま考えていることがあって、派遣はもうそろそろ辞めて、映像の仕事に戻ろうと思ってるんです。
- 質問
- ―いったん映像から離れたけれど、改めて映像の仕事にチャレンジしたいと思ったんですね。
- 杉本さん
- はい。今まで自分で撮影も編集もやってきたんですけど、もっと人に見せられる作品にしたいと思っていて。そう考えた時にやっぱり、派遣社員としてこうして生活しながら映像を作るのではなく、もう一回映像の世界で、より多くの人に見てもらいたいと思って。年齢的なこととか、映像業界を離れて5年間のブランクもあるのでそう簡単にはいかないと思いますけど、やってみようと思っています。
- 質問
- ―では最後に、杉本さんにとって「働く」とはどういうことだと感じますか?
- 杉本さん
- 働くことは、自分の中の日常でもあり、日々ですね。それ以上でもそれ以下でもなく、自分の一部。生活するためにはもちろんなくてはならないことだと思うし。仕事をしなかった時期も辞めた時期もありましたけど、もう今度はそういうことはないと思います。
- 質問
- ―どうもありがとうございました。
>>杉本曉子 「海岸通団地物語」 上映ブログ
>>映画「海岸通団地物語」☆【予告】☆

