(2010.05.21)

チームのために仕事をする
プロサッカー選手(横浜F・マリノス)    秋元陽太さん    22歳

 ワンダフルワークス第12回目のゲストは、Jリーグ「横浜F・マリノス」のゴールキーパー、秋元陽太さん。秋元さんは学生時代、横浜F・マリノスのジュニアユースチームでプレーし、高校卒業後にプロ入り。大きな怪我を乗り越え、チームに貢献するプレーを目指す秋元さんを支えていたのは、人との出会いと子どもたちへの思いでした。

サッカー選手じゃなければ無職、それぐらいの覚悟でプレーしてます

質問
―秋元さんは横浜F・マリノスに入団して5年目ですが、最初にプロになろうと意識したのはいつだったんですか?
秋元さん
小学生の時は地元(町田)のサッカーチームにいて、中学生から横浜F・マリノスのジュニアユースに入ったんですが、その頃からプロになりたいなと思い始めていました。
質問
―横浜F・マリノスのジュニアユースからプロに上がる人はどれくらいいたんですか?
秋元さん
僕の代はもう1人いて、プロに上がったのは2人だけでした。
質問
―ほんの一握りですね。ユースからプロに上がる時は、どういう風にチームから言われるんですか?
秋元さん
高校3年の夏にチームの進路相談があって、プロに上がれる人は8月か9月くらいに言われるようになっていました。それ以外の人は大学進学してサッカーしたり、ほかのチームからオファーがあればほかのチームに入ったりですね。
質問
―そこで相談した時に、プロでやらないかと?
秋元さん
はい。大学行く気は全くなかったので、プロに行けることが決まった時はすごくうれしかったです。
質問
―チームの公式プロフィールにも、サッカー選手じゃなかったら無職と書いてますが…...
秋元さん
はい(笑)。でも、サッカーしかないという気持ちで、それぐらいの覚悟でプレーしてます。
質問
―ジュニアユースからプロに上がることが決まった時はどうでした?
秋元さん
うれしかったですけど、ユースの頃から上の人たちのこともある程度知っていて、レベルが高い所に行くというのがわかっていたので、不安もありました。でも、まずはいろいろ経験を積んでがんばろうと思いました。
質問
―プロサッカー選手になりたい人はいっぱいいると思うんですが、その中で競争も激しいと思います。子どもの頃からサッカーをしていて、その競争を乗り越える時はどういうモチベーションでやっていましたか?
秋元さん
やっぱり負けたくないっていう気持ちがすごい強かったですね。ライバルがいれば、そいつよりは絶対良いプレーしようとか、練習が始まる2時間前にはグラウンドに行ったりして、毎日毎日練習していました。

一喜一憂しないこと。その日が良くても、次の日は悪いかもしれない

質問
―プロ入りした年に大きい怪我をされたそうですが、プロに入ってすぐ壁に当たった時、どんな心境でしたか?
秋元さん
プロに入ってあんまり調子が良くなくて、だんだん調子が上がってきた時に怪我してしまったんです。当時、U-19(19歳以下)日本代表でプレーしていたんですが、そのアジア大会メンバーに入ったと言われた日に怪我したので、ショックでした。
質問
―プレーできるように回復するまでどれくらいリハビリをしたんですか?
秋元さん
3週間くらい入院して、完全に試合に出られるようになるには9ヶ月くらいかかりました。でも、怪我したことで、いろいろ自分の身体のこととか、バランスとか体幹とか、そういうことをトレーナーさんからもすごい教えてもらえて、身体が1回ゼロになって新しくなったのは逆によかったと思いますね。あの時怪我してなくても、たぶんいつか怪我をすることはあったと思うんで、それはもうよかったことだと思ってます。
質問
―怪我をして壁に当たったことが、逆に今に活きてるんですね。
秋元さん
そうですね。当時はワールドユースという目標があって、それに出られなくて悔しかったですけど、トレーナーさんのおかげでいろいろ教えてもらえたりもして、よかった面も多いと思います。
質問
―プレーする時に心がけていることはありますか?
秋元さん
一喜一憂しないことですね。その日が良くても、次の日が悪いかもしれないので、浮かれることなくしっかり練習して、その良い日が続くように、毎日終わった後も練習したり、トレーナーさんに頼んで身体のケアしてもらったりとか、そういう部分をしっかりしていきたいなと思っています。
質問
―試合でミスしてしまったり点を取られてしまったりした時、気持ちの切り替えはどうしますか?
秋元さん
そのミスが積極的なミスであれば、コーチと話して、練習メニューを組んでもらって、そのミスがメンタル的なものだったら、まずはミスをしっかり受け止めて次に活かせるようにしていきます。

厳しくても、全部自分の責任なのでしっかりやらないと

質問
―プロになってから、これまでで1番うれしかったのはどんなことですか?
秋元さん
一番最初にJリーグの試合に出た時ですね。その試合は負けてしまったんですけど、すごく良い経験になりました。
質問
―初出場の時は緊張しましたか?
秋元さん
はい。その日の試合ミーティング前に、スタメンということをいきなり伝えられて、緊張しましたね。でも、ミスしてもいいやぐらいの気持ちでやれって言ってもらえて、それでけっこう楽になりました。あとはもう全力でやるしかないっていう気持ちでしたね。
質問
―スポーツ選手はいつか引退する時がくると思いますが、元スポーツ選手が飲食店を始めたり、営業マンになって活躍するという話も聞きます。選手をやめた後にこんな仕事をやってみたいというのはありますか?
秋元さん
スーツを着て仕事はしたいですね。今は移動中くらいしかスーツは着ないので。でも、やっぱり今はサッカー選手じゃなければ無職という気持ちでやっていますし、将来ほかの仕事をする自信がないのが今は正直なところです。
質問
―同世代の人たちの多くが会社などに就職する中、いざプロになる時は自分は周りとは違う進路で、どんな気持ちでしたか?
秋元さん
不安はそこまでなかったですね。大学に行きたくなかった理由は、サッカー以外の面で大変なこともあると思ったし、プロになったらプロになったで厳しい世界ですけど、いろんな経験ができて人間的にも成長できると思ったので。大学4年間行くならプロで4年間がんばって、自分がどこまで通用するか試したいと思ってました。
質問
―スポーツ選手は華やかな世界に思えますが、実際は厳しい面がとても大きいと思います。
秋元さん
そうですね。華やかな部分もあるとは思いますけど、厳しい面はやっぱりすごいありますね。全部自分の責任なので、そこはやっぱり責任もってしっかりやらないといけないと思います。

サッカーを通じて、子どもたちが少しでも喜んでくれれば

質問
―現在サッカー選手として仕事をしていて、1番仕事のやりがいを感じることを教えて下さい。
秋元さん
練習試合でも公式試合でも、やっぱり試合に勝った時がうれしいですし、それでファンやサポーターの方が喜んでくれるのが一番うれしいですね。勝った時はやっぱりみんな雰囲気が良いので、その雰囲気がすごい好きです。それがやりがいで、そのためにがんばっています。
質問
―仕事で得られる9つの価値観の中から、「社会貢献」を選ばれましたね。(記事最下部参照)
秋元さん
ジュニアユースの子どもたちにサッカーを教える機会があるんですが、自分はサッカーしかできないですけど、小さい子どもたちとサッカーやったり、サッカーを教える活動をすることで、少しでも子どもたちが喜んでくれればいいなと思っています。
質問
―見ている人たちに元気を与えるのもスポーツ選手ならではだと思います。
秋元さん
そうですね。子どもたちだけでなくファンやサポーターの大人の方もすごく応援して下さるので、そういう部分で出会いもとても大切だと思ってます。怪我した時もいろんな人から励ましてもらいましたし、そういう面で出会いがあったから乗り越えられたと思います。
質問
―横浜F・マリノスには今年から中村俊輔選手も戻ってきて、これまで以上に注目も集まっていると思います。チームのために今どんなことを心がけていますか?
秋元さん
選手である限りは試合に出ることを目指さなければいけないですけど、何よりもまずチームが勝っていけることが一番だと思ってます。そのために、選手やチームスタッフ全力でプレーすることを考えていきたいです。シュート練習の時とかも、自分がシュートを止めまくることで、蹴る方のシュートの精度も上がると思うので、練習でも常に本気で取り組んで、チームのためになればと思ってます。
質問
―では最後に、これからの目標を教えて下さい。
秋元さん
名前が先行しない選手になりたいです、実力とともに名前もついていってほしいですね。それに、子どもたちからはやっぱり目標とされていると思うので、すごいなとか、なりたいなとか、子どもたちがそう思ってくれたら一番良いなと思います。
質問
―ありがとうございました。

>>横浜F・マリノス 公式サイト