Hamatorium Cafe通信

【政策の創造と恊働のための横浜会議】

横浜会議 〜今、求められる新たなセーフティネットとは〜(第2部)

 6月5日に横浜市開港記念会舘で開催された「横浜会議 第7回 政策研究発表会 〜今、求められる新たなセーフティネットとは〜」。戸塚高校定時制で生徒や先生たちが抱えている厳しい現状を中心に報告が行われた後、第2部ではさらに、地域で課題解決に取り組んでいる支援者と、その課題解決に向けた社会システムを思索している研究者の方々が加わり対話が行われました。


親支援や家族支援もしながら、本人の漠然な不安を具体的にしていく

 第2部の冒頭ではまず、横浜市都市経営局政策支援センターの中川久美子さんから、『横浜市民生活白書2009~ 不安の時代に生きる8つの市民像 ~』の内容を基に、市民の抱えている生活不安についての報告がありました。

 同書は、国勢調査や意識調査など国や横浜市が行なっているさまざまな調査・統計を活用して作成されたもので、生活上の心配ごとやリスクという視点から8つの市民像を導き出し、生活不安の増大や格差の実態を示すことで、その特徴と不安感の背景にある家族や社会の変化を検証しています。

 中川さんは、子どもの世話や経済的に困ったときの援助、家族の介護などにおいて、それぞれ2〜3割の市民が”頼りにしてる人”がいないことを示し、「年代によってさまざまな不安やリスクがありますが、最低生活の確保に一番強いリスクを抱えているのが、20代と50代になっています」と話します。

 そして次に、K2インターナショナルジャパン代表の金森京子さんが、支援の現場で現在浮き彫りになっている課題について言及。戸塚高校定時制で同社が行っている支援の経験もふまえ、10代後半〜30代後半までの引きこもりなどの問題において、いじめ・不登校など個々人の抱えている困難さを先送りにしてきている背景があり、それをさかのぼってやっていく必要があるといいます。

「家族の中で段階を踏んで自立していかなければならないのが、コミュニケーションにおける距離感を、家族の間・親子の間でさえ取ることができない、そういう家庭教育不全のようなものに陥っていることが多いと感じます。そういう意味では、親支援や家族支援も同時にやっていかないと、本人たちの抱えている漠然とした不安を具体的なものにしていくことが難しいと感じています」(金森さん)

 また、支援現場でも課題になっている成人の発達障害についても、金森さんは「自立や就労のサポートを受ける若者が、発達障害を抱えていることもあります。彼らが持っている課題をご家族も本人も私たちも認識した上で出口を見据えた支援をしていかなければなりませんが、それに対しての受容のプロセスはとても大変です。そこで、どうしてこの課題がもっと早い幼少期、小中学校などの年齢の時に専門性を持った教育の現場でつながれなかったのか。具体的な希望のある自立支援のプロセスを、それぞれの現場が知り得ているんだろうかというのがいま一番の課題です」と話します。

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大事なのは、自分たちの団体だけで抱え込まないこと

 次に、横浜市瀬谷区で介護・福祉に関する活動や子育て支援の活動を行っているNPO法人ワーカーズわくわく理事長の中野しずよさんが、支援で心がけている姿勢について発言。同団体では、支援において「伴走」という言葉をいち早くテーマに掲げ活動していたそうです。

「まず、本人や家族の問題解決能力を見きわめて、足りないところだけいっしょに解決に向けて動きます。そして、生活に困難を抱えている本人やその家族の力が上がってきたら少しずつ引いていき、それがまた落ちたらくっついてく。そのついたり離れたりを見きわめながらいっしょに街で暮らしていくことが『伴走』ということだと思っています」(中野さん)

 また、中野さんは自分たちだけで課題を抱え込まないようにすることの大事さについても「心がけているのは、一人ぼっちにはしないこと。助けてあげることができなくていっしょに泣くしかお手伝できないこともありますが、困っているということを共感する。でも、大事なのはそれを抱え込まないこと。私たちの手に余ることは地域のほかの方につなげたり、制度があれば制度におつなげしたり、制度がないんだったらこんな制度があったら助かるのではというような政策提言にまでもっていくことで、本人の辛さを代弁する係、代わりに助けてという係が必要と思っています」と話します。

 そして、これらの支援現場での話をふまえ、戸塚高校定時制での恊働研究を中心となって進めた放送大学教養学部教授の宮本みち子さんは「子どもが一人前の大人になってちゃんと生活ができるようになり、それから社会のメンバーとしてどこかにポジションが得られるようにするためにどういう条件やサポートが必要なのか。このことをきちんと見通すことができ、生まれてから丸ごと一人の人間をトータルに見るような、社会的に組織化された人材が必要だと感じています」とコメントしました。

 このことは、ワーカーズわくわくの中野さんをはじめ、第1部で登壇した福祉と保健の生活課題を考える会の岡田朋子さんも示した、支援が必要な人たちへ対して決して一過性で終わらない「伴走型の支援」が必要なことを表していると思います。

 また、宮本さんは「若者の抱える困難さを考える上で、その前には子ども期があり、赤ん坊期があり、さらにその前に親がいる、というように全部の問題がつながっています。ニートという言葉が生まれた当初、学校にも仕事にも職業訓練にもついていない人という定義でしたが、この固い定義がいかに現実にそぐわないかというのはよくわかることです。学校と社会はゆるやかにつながっているので、これからは戸塚高校定時制のように学校も門戸を広くして、実社会とつながりながら子どもたちが社会で生きていくための力をつけていくことが必要だと思います」と話します。

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市民を主体とした組織がパブリックサービスに参加していく

 また、第2部の終盤では、当事者や支援者を取り巻く地域コミュニティのあり方についても話が及びました。

 慶応義塾大学総合政策学部教授の大江守之さんは、家族の抱える問題について「家族で解決できない問題を社会的に解決する仕組みとしては、これまで非常に少数の困った人たちに対してのみ達成するような社会制度しかありませんでした。しかし、高い専門性だけが決して必要なのではなく、『弱い専門性』という概念や、『市民的専門性』という言葉にしたら、その問題が少し解けやすくなるのではと考えています」と話します。

 そして、地域コミュニティでの支援について「自治会や町内会には具体的な支えやサービスをする機能が必ずしも備わっているわけではなく、行政の制度サービスも基本的には足りない部分を埋めるもの。お互いが行動やサービスの価値を共有しながら進んでいき、かつてあったコミュニティを取り戻そうと発想するのではなく、新しくコミュニティを作ると考えた方がいいと思う」とも言及しました。

 これを受け、横浜会議の研究採択における審査委員も務めている帝京大学経済学部客員教授の澤井安勇さんは「地域社会の問題解決のために必要な1つは地方分権ですが、それはあくまでも政府部門の話で、国から地方という考え方。社会全体で考えると、さらに地方政府から地域コミュニティなり市民組織に権限をエンパワメント(委譲)する力があって、コミュニティの力をもっと高めていくことが必要です」と話します。

 これは、若者の就労・自立、介護・福祉などさまざまな支援現場において寄り添うような伴走型の支援が必要なことと共に、そのサポートを継続的なものにするためには、地域コミュニティの存在や参加の仕組みが重要であることを示していると思います。

 澤井さんは「コミュニティで活動するさまざまな市民を中心とした組織がたくさんある中で、市民を主体とした組織が、福祉や教育、文化などさまざまな『パブリックサービス』の中にアクター(担い手)として参加していく状況をもっと高めていくことが、地方自治体から地域コミュニティへつなげる部分で大切だと思います」とも話します。

 このように横浜会議の第2部では、支援現場での課題やその背景の考察を基に、今後の支援のあり方を見据えたさまざまな意見が交換されました。当日の報告でも明らかになった戸塚高校定時制が直面している厳しい現状などを見ると、生活困難な人たちを支える受け皿となっているような場所でさえも、ひとりひとりの問題を支えきれずに出口を見出せない状況になっており、セーフティネットという概念では対応できない問題が起きていると思います。

 戸塚高校定時制のような現場にセーフティネットの役割を押し付けるのでなく、社会の網の目をこぼれ落ちて助けが必要な人たちが集まる場所へ、もっとサポートをしていく必要があるのではないでしょうか。また、それだけでなくまだまだ気づかれていない問題をいくつも抱えている場所もあるはずで、そうした地域課題や支援の必要性にもっと目を向けることも大事だと思います。

 そして、たとえ支援の制度や施設が増えても、助けを必要としている人たちへ向けてそのサービスを継続して届けるためには、地域コミュニティでの円滑なコミュニケーションや、問題の事態や支援施設などの社会資源を把握し、そこへ的確に先導できる人材が必要であるということが、今回の横浜会議で見えてきたことではないでしょうか。そのためにも、既存の社会資源のあり方やそれぞれの役割を再確認し、本当に必要な支援を実践していくことが必要だと感じます。

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取材・文/古屋涼

(2010.06.18)
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