連載その1 この法律が制定されたことの意味
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その2 この法律についてみんなで語り合うことの意義
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その3 「子ども・若者ビジョン」から考える
一人ひとりを包摂する社会と子どもたちの居場所(前編)
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
法案作成担当者が語る「子ども・若者育成支援推進法」
(内閣府参事官補佐 久保田 崇)
子ども・若者育成支援推進法を生きた指針とするために
(放送大学教養学部教授 宮本みち子)
「子ども・若者育成支援推進法」の施行は、日本の若者政策の始まりに過ぎない。欧米と異なり、これまで若者の自立を支援する必要性すら社会的な理解があったとは言えない。家庭のしつけは成されるものであり、学校は卒業するものであり、就職はできるはずのものであった。企業という枠組みに乗れれば、「スキル形成」「能力開発」「人生の面倒」は企業の役割として当然そこにあるものだったのだ。逆に、そのような“当たり前”に乗れない若者は、自己責任や家庭責任として切り捨てられ、社会からは見えざる存在として放置・排除されてきた。その部分を支えてきたのは民間団体・NPOであり、法的な位置付けも、社会的理解もないなかで孤立無援の支援を行ってきた。
時代の変化を社会が感じ始めたのは、2000年初頭。パートやフリーターの呼称を持つ非正規雇用のなかに、若者が定着し始めたことがきっかけだろう。先駆的な研究者が調査してみると、選択的フリーターのみならず、不本意ながらも生きていくためにフリーターという働き方を継続している若者の存在があったのだ。
そこに不景気が襲いかかった。直近では雇用の維持すら難しく、先行き不透明な現状に雇用の枠を拡大することができなくなった。「解雇」することが世界トップクラスで難しい日本では、生産性が高くなく、かつ、賃金の高い世代を抱えざるを得ず、その煽りが若者を直撃した。高校生や大学生ですら就職が難しいなか、複雑な困難や課題を抱える若者に開かれていた雇用枠は失われていくこととなった。
そのような状況に陥って初めて、日本社会は若者の自立支援をすることに開眼していった。日本の未来を支える人材として、崩れゆく社会保障の担い手として、地域の支え手として、若い世代が職に就き、生活を安定できる状況を創り出さなければならない。つまり、若い世代に対し、社会は積極的なアクションを起こさなければならない。困難や課題を抱える若者を放置・排除するのではなく、将来を見据えた「社会投資」を行うことが重要だと判断するようになった。
そして、「社会投資」をする以上は、「社会リターン」を期待する。そのためには投資が円滑にリターンにつながるよう、周辺整備が不可欠となる。「子ども・若者育成支援推進法」は、まさに社会投資を支える周辺整備の土台となる法律なのである。
「子ども・若者育成支援推進法」で画期的なのは、その理念図のなかに「訪問支援(アウトリーチ)」がしっかり明記されたことである。これまで、いや、いまでさえ、若者支援政策のほとんどが、“支援が必要ならば自ら足を運んで来る”ことが前提となっている。しかし、本当に支援が必要な困難な状況にある若者を想像してみればわかる通り、要支援の声を届けられる若者の背後に、たくさんの“来られない”若者がいるのだ。
自宅から外出することが困難なひきこもり状態にある若者のみならず、支援機関まで交通費すら出せない経済的に困窮した若者はどうだろう。新聞や雑誌で取り上げられたときに、それを目にできるのは、それらを購入できるものだけである。携帯を保有していない、インターネットにアクセスできない/したことがない若者はどうやって支援機関の存在を知ることができるのだろうか。
私は、新聞告知やインターネットを使った情報提供活動は必要不可欠だと考えるが、あくまでも、これまでの支援は情報を手に入れることが可能であり、かつ、自ら足を運ぶことのできる若者を前提に政策や支援が成されていることに問題意識を感じているのだ。その意味から、当該法において、「訪問支援(アウトリーチ)」が明記されていることは、これまでの若者政策の土台を根本的に見直す重要なフレーズであると考える。
「来る、を待たない」。家庭に直接訪問するのみならず、彼ら/彼女らがかろうじてつながっていそうな場所や空間に、“支援者側から行く/アクセス”することへの強い意志を感じる。個別相談もよい、セミナーや職場体験、適職診断や職業マッチング、どれも重要な支援コンテンツではあるけれども、それらの支援は若者がアプローチできて初めて価値があるものである。その意味からも、「訪問支援(アウトリーチ)」という支援コンテンツの明記は画期的だと思うのだ。
もうひとつ、当該法で強調されるのは、地域において若者が必要とするさまざまな支援リソースをネットワーク化することである。これまでは、医療、福祉、雇用、教育など分野の異なる主体がバラバラに支援活動に取り組んできた。それらを一体化し、同一のビジョンを持って支援を行うことは、多様な困難を複合的に抱える若者を支援するうえで欠かすことができない体制である。個々の組織、支援者が後ろ盾なく目の前の若者のために駆けずり回る時代から、組織間・支援者間のネットワークを法律という大きな後ろ盾を持って構築できるに至った。ネットワークの大きな意味のひとつであろう。
私は、そこにもうひとつネットワークの意味、“支援者を守る”ということを付加して当該法を評価している。全国各地に講演などで呼んでいただき、志を持った支援者からお話を伺う機会があるが、ここ数年、“支援者が倒れる”といった話題が多くなってきたことを実感している。困難な課題や問題を抱える若者やその家族と対峙している間、本人が気付かぬうちに体力は消耗し、心身が摩耗する。朝、目が覚めても身体が動かない。今日も相談者の面談がたくさん詰まっているとわかっているのに、だ。
よくよく聞いてみると、支援者個人の権限やスキル、経験では解決できない課題を若者が抱えており、何とか解決すべく全身全霊を傾ける。時には自己犠牲を厭わない支援者もたくさんいる。日本の未来を支える若者のため、よくぞそこまでと頭の下がる想いではあるが、それではダメなのだ。若者の自立支援を個人に責任を負わせるやり方は続かない。誰もがスーパーマンでなければならない体制は変えなければならない。
そこでネットワークが効果を発揮する。自分自身や自分の属する組織の「できること」「できないこと」をしっかりと可視化する。それを持って地域の多様な支援機関と突き合わせることで、何が自分たちの得意とする支援(ストライクゾーン)で、どこまでは応用が利くのか(支援可能ゾーン)を互いに把握する。それが地域全体を網羅したとき、支援者は若者の困難性を抱え込むことなく、スムーズな連携によってそれらをひとつひとつ解決することができるようになる。結果、ある意味、無用な努力や自己犠牲といった旧来型の属人的支援から、持続可能な職業としての支援が実現する、と私は考える。
新たな法律「子ども・若者育成支援推進法」は万能ではない。そして、それ自体が若者の個別課題を解決してくれるバイブルでもない。大切なのは、今回の法律により、私たちは何を得たのか、そしてそれをどう活かしていくのかを議論し、共通のビジョンを持って、地域内での包括的な若者への自立支援体制を整備していくことなのである。
NPO法人「育て上げ」ネット理事長
工藤啓
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