連載その1 この法律が制定されたことの意味
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その2 この法律についてみんなで語り合うことの意義
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その3 「子ども・若者ビジョン」から考える
一人ひとりを包摂する社会と子どもたちの居場所(前編)
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
法案作成担当者が語る「子ども・若者育成支援推進法」
(内閣府参事官補佐 久保田 崇)
子ども・若者育成支援推進法を生きた指針とするために
(放送大学教養学部教授 宮本みち子)
2008年9月、麻生首相はニートなどの若者支援について、所信表明演説で立法措置を講じる考えを表明した。その後、2009年3月に法案が国会に提出され、民主党との修正協議を経て「子ども・若者育成支援推進法」として2009年7月1日に成立、2010年4月1日より施行される運びとなった。その結果、初めてニートやひきこもりに対する支援について根拠法令が定められた。
本稿では、内閣府において「子ども・若者育成支援推進法」の制定に携わった担当者の立場から、本法に込められた担当者の思いや法律内容の重要なポイント、本法を施行する上で地方自治体に期待することを述べる。なお、本稿における意見に関する部分は、私見であることを予めお断りしておく。
本法の制定にあたり、ニートやひきこもりの現状把握と、ニート支援において何が求められているのかについて聴取を行った。現在、15~34歳の全体数約3,000万人のうち、若年無業者(いわゆるニート)は、64万人(平成20年総務省「労働力調査」)であり、相当な数のニートがいることが分かる。また、ひきこもりについては、約70万人(若者の意識に関する調査(平成22年7月内閣府「ひきこもりに関する実態調査」)、さらに、ニートやひきこもりのきっかけの一つであるといわれている中学校不登校、高校中退者の割合はそれぞれ約3%、2%となっている。
これらニートやひきこもり等に対し、「最近の若いもんは本当にだらしない」などと、本人の甘えや怠惰さ、根性の問題と捉える見方も存在する。しかしながら、ニートやひきこもり等が置かれている厳しい現状は、総じて本人の努力不足や怠慢によるものというより、社会環境の大きな変化によるしわ寄せが若者に及んだ結果が大きいと考えられる。例えば、不景気による就職困難や、情報化の氾濫等により子どもや若者の遊び方やコミュニケーションの仕方の変化によるコミュニケーション力の低下等が影響していると言われている。
実際、ニートやひきこもり等の体験談を聞くと、彼らは働くことへの自信が持てず、ニート・ひきこもり状態から抜け出せずに苦しんでいることが多い。もし本人の努力不足や怠慢に帰する問題であれば、現状に満足してもよさそうである。ところが、実際には現状に苦しみ、親に対する負い目を感じている。これらの問題を放置すると、少子高齢化が進展する中で、次代の担い手である子ども・若者が自立を果たせないままでいることになり、社会全体にとっての大きな損失となってしまう。
さらに、ニート支援において何が求められているのかについても関係者から聴取したところ、横浜市を含め、既に取組を始めていた先進的な自治体や、NPOなど民間団体の支援者からは、行政の縦割りを超えた、地域における支援ネットワークの必要性が浮かび上がってきた。特に、これまで何の法律的な後ろ盾もなく長年支援に携わってきた方々からは、周囲の理解を得るためにも、ぜひとも新法を制定してほしいとの声が寄せられた。
これを受け、ニートやひきこもり等困難を抱える若者への支援を行うため、教育、福祉、雇用等の関連分野が連携して地域ネットワークづくりの推進を図ることが本法のニート対策の柱として定められた。これは、今まで各分野の関係機関やNPOが個別に縦割り的に実施していたニートやひきこもり等への支援について、関係機関の知識や支援を結集させ、連携して総合的な支援を提供するために各地方公共団体に法定のネットワークを作り、問題の解決を図っていく、ということである。
これまでも、ニートやひきこもり等への対策は積極的に行われてきた。例えば、厚生労働省ではニート状態にある若者の職業的自立を図ることを目的として、キャリア・コンサルティング、就職支援セミナー、職場体験等の支援を行うとともに、地域若者サポートステーション(サポステ)といった、実施団体の機能のみでは自立実現が困難と考えられる場合に他の専門機関と連携し、支援を提供するネットワークを構築するという取組みが行われてきた。
そして、ニートにはひきこもっている状態から就職活動をしている状態まで様々な段階があるが、今までは雇用や教育、福祉等の各機関それぞれがばらばらに支援を行う傾向があり、適切なタイミングで必要な支援を組み合わせて適宜提供することが困難であった。また、ニートやひきこもりとなったきっかけも、学校教育段階でのいじめや家庭問題、非行など、様々であるにも関わらず、就労機関や医療機関など、単一の機関のみで対応することが多かった。このように、既存の対策では単一の分野からの縦割り的な支援にとどまっている点が指摘されていた。
そこで、本法では、地方自治体に設置されるニート等の支援ネットワーク「子ども・若者支援地域協議会」という仕組みを作った。この狙いは、社会生活への適応支援を基礎に福祉、保健・医療、教育、雇用等の各分野の支援を、地域の資源をネットワーク化し総合的に実施することにより最終的には修学や就業など自立した社会生活を営み得る状態とすることである。
この協議会の対象者は、ニートやひきこもりといった、就業も修学もしていない者のみならず、不登校、非行、摂食障害、適応障害などの問題に起因して、就業や修学状態にありながら社会生活を円滑に営む上での困難を有する者も含まれる。
協議会における支援の流れを示すと、まずニートやひきこもり等の若者が、相談の一次的な受け皿となる子ども・若者総合相談センターに相談する。すると、子ども・若者総合相談センターは、自ら相談業務を行うか、より専門的な相談や支援を行えるネットワーク上の関係機関の紹介や、協議会への情報提供を行う。
こうした紹介や各分野の専門機関への直接の相談を経て、協議会で担当することとなった例として、例えば、母親と二人暮らしで、中学1年の時から不登校になり、その後家にひきこもりがちになったAさん(17歳男性)がいるとしよう。彼は家庭の経済状況を考え、高校に通いながら働くという希望があった。これに対し、福祉機関である児童家庭支援センターで母親やAさんの生活に関する支援を行う。次にハローワークと連携し、Aさんの性格に合う仕事(図書館、清掃)の求人票を出してもらう。さらに教育相談所の相談員にAさんの家から近い定時制高校の紹介をしてもらう。これらの結果をみて、Aさんはアルバイトをまずやり始め、余裕が出てきたら、定時制高校に通うという答えを出した。このように、協議会という仕組みを通じて、各関係機関が連携してスムーズに支援することが出来るようになる。
次に、本法と地方自治体の関係について述べる。地方自治体に設置されるニート等の支援ネットワークである「子ども・若者支援地域協議会」については、本法第19条1項により、努力義務(設置に努める)とされている。つまり、都道府県・市町村が本条の努力義務にもかかわらず設置しないことを選択した場合にも、特段のペナルティは存在しない。このことから、地域協議会設置の努力義務については義務化すべきではないか、と支援関係者や、たまに自治体の方からもご質問を頂くところである。しかしながら、結果的には、以下に述べる地方分権との関係で、義務化は採用されなかった。
我が国においては、明治維新において中央集権体制を作り上げて以降1世紀以上にわたり、国と地方とは、まるで「主従」のような関係であった。しかし、近年の地方分権改革の進展、そして、平成12年に成立した地方分権改革推進法の成立等により、国と地方とは「対等」の関係となり、国から地方に対する関与は最小限のものとされ、国から地方自治体に対する新たな「義務づけ」は、事実上できないこととなった。(絶対できないことはないが、よほどの必要性がない限り、できない仕組みとなっている。)
今回この法律を作るときにも、地方自治を所管する総務省とも協議をし、また、全国知事会など自治体の代表者団体とも協議をした結果、「努力義務」なら何とか受入可能、との結果を受けて努力義務が規定された。(当初、「努力義務」すらキツイのでこれを「できる規定」にできないか、との打診すらあったところ)
もとより、本法を立案した立場からすれば、ニート、ひきこもり等の対策は「待ったなし」であり、全国あまねく地域協議会が立ち上がって欲しいと強く願うものである。一方で、地方分権改革の趣旨を考えると、地域協議会の設置は、あくまで自治体各々が自らの判断に基づいて決定する事柄ということになる。
こうした地方分権の結果、高い問題意識と行政手腕を有する職員を擁する横浜市を始め、若者支援に積極的に取り組んでいる自治体においては、本法の地域協議会の仕組みを活用して効果的な取組を進めていくことができるのに対し、より消極的な自治体においては、全く本法に定められた仕組みを活用しないところもある。
この点、地方自治体内の消極的権限争いも深刻である。サポステや若年者雇用を担当する労働部局、ひきこもりや生活保護などを担当する福祉部局、そして学校や教育委員会を所管することが多い青少年部局の間で、本法の担当部局を決める際、特に地域協議会の設置に向けて音頭を取る部局を決める際に、仕事の押し付け合いをするのである。私は実際、法律制定後、地方自治体を回って本法の説明会を行ったり、協議会に関する質問や相談を受ける課程で、このような消極的権限争いを如実に見てきた。
私自身も本法を立案する過程で、国レベルでの縦割りの壁を痛感したので、地方自治体の担当者の気持ちもよくわかる。本法を国会提出のため閣議にかける前に、数え切れないほどの質問票を整理し、深夜にわたる折衝を行った。サポステを所管する厚生労働省や、教育を所管する文部科学省とは、特に念入りに調整を行った。このように時間と労力をかけて調整を行った結果、本法の施行にあたっては、サポステなど各省庁の諸制度の協力を得られることとなった。
このように本法においては国レベルでの省庁間の協力体制は確保されているものの、同様の協力体制が地方においても構築されているとは言い難い。このような縦割りの壁に阻まれた結果、本法を活用する積極的な自治体は少数派であり、多数の自治体は様子見を決め込んでいる。地方分権の現実とはいえ、このような状況が生じていることは、法案作成者としては非常に残念であり、また、地方自治体への働きかけなどに関する自らの力不足を恥じる次第である。法案作成者として、一人でも多くの自治体担当者に、本法に定められたツールをうまく活用して、ニート等の支援に活かしてほしいと強く願っている。
次に、この法律がどのように社会に受け止められているのかについて述べる。この法律が制定された際には、新聞では「ニート支援法」と報道された。確かに、この法律はニート・ひきこもり等社会生活を円滑に営む上での困難を抱える若者を対象とする意味で、決して間違いとは言えないし、ニート・ひきこもりの存在がこれだけ注目されていることの現れであろう。
しかしながら、この法律は、以下の2つの意味でニート支援だけの法律ではない。まず第一に、この法律はニート・ひきこもり・不登校以外の将来新たに問題とされるかもしれないケース(で、社会生活を円滑に営む上での困難を抱える子ども・若者)をも対象とする。そもそも「ニート」という言葉自体、2000年代に入ってから普及してきたことを考えると、10年後、20年後に別種の(新たな)問題が生じている可能性は否定できない。この点、一度成立した法律は、その改廃がない限り、半永久的に存続することとなるから、ニート・ひきこもり等現代的な問題のみならず、将来生じうる問題をも対象とできるようにしておくことは当然である。
さらに、この法律は、現在及び将来の困難を抱える子ども・若者のみならず、より年少(年齢の規定はないが0歳以上)の子どもの育成をも対象としていることも見逃せない。ニート・ひきこもりなど既に生じている困難の対症療法的ケアを行うだけでは、根本的な対応とはならないことから、困難への予防的対応も含めたケア、即ち健やかな育成を目指すものである。この点については、子ども・若者育成支援推進大綱(通称:子ども・若者ビジョン)の作成、都道府県(市町村)子ども・若者計画の作成や、子ども・若者白書の法定化といった要素が法律に盛り込まれた。青少年育成関係者の間では、青少年分野における基本法の制定が長年の課題となっていたが、本法の成立をもって実現したところである。
本法のもう一つの重要な点は、ニートやひきこもり等に対してアウトリーチ(訪問支援)を実施することについて明記したことである。ニート・ひきこもり等は自ら相談窓口に出向くことは難しく、行政の側が受け身的な姿勢に留まっていては、結局支援機関につながらない。特に、ひきこもり状態にある者においては、本人が外出することや相談窓口や医療機関に出向くことが難しい場合や、家族への支援を継続しても本人と家族の関係や本人の生活状況には何らの変化も生じない場合等がある。
このような場合に、より積極的な支援手段として、子ども・若者の自宅などにおいて訪問支援(アウトリーチ)を実施し、本人への直接の働きかけが効果を挙げる場合が多いことから、訪問支援に係る規定が本法において初めて定められた。実際の訪問支援の内容としては、ひきこもり状態等にある子ども・若者が、社会とのつながりを持つために必要となる日常生活習慣や集団生活への適応といった社会生活適応分野を中心とした相談、助言、指導の実施を想定している。また、ひきこもっている状態から次の状態(外出や社会参加)へと導くことが目的であり、その後には協議会による継続的な支援によって就労等を目指していくこととなる。
これに伴い、アウトリーチ(訪問支援)に携わる支援人材の育成も必要となってくることから、内閣府においては、平成22年度から、「アウトリーチ(訪問支援)研修」を開始し、NPOなどの民間支援団体の職員を対象とした研修生の一般募集を行い、研修会を実施している。
2010年4月1日から、本法は施行された。子ども・若者支援地域協議会という仕組みは整備されたが、これを実際に機能させていくのは、現場で若者支援に携わる地方自治体の担当者や民間支援団体の方々であり、子ども・若者を取り巻く地域社会の協力が不可欠である。こうした方々へのサポートも含め、本法の制定が、次代の社会を担う子ども・若者を社会全体で支えていくための取組強化のきっかけとなることを、本法制定に携わった一人の担当者として切に願うものである。
内閣府参事官補佐
久保田 崇
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