連載その1 この法律が制定されたことの意味
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その2 この法律についてみんなで語り合うことの意義
(横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長 関口 昌幸)
連載その1では、「子ども・若者育成支援推進法」が、「働かない、働くことの出来ない若者」や「社会に居場所がない青少年」の抱える課題を、本人や家族の自己責任に帰してしまうのではなく、社会全体で解決に向けて取り組んでいくことが重要であるという認識に立って制定されていることについて述べた。
同時に、この法律の施行は私たちの社会のあり方を問い直すものであり、これまでの社会福祉や児童・青少年行政のあり方に根本的な転換を迫るものではないのかということについても提起した。なぜならばこのような趣旨・目的を持つ法律を本気で施行・展開するためには、乳幼児期から児童・青年期を経て、ポスト青年期に至る「人生前半期における公的扶助の充実」を前提にした新しい社会保障制度の設計と実行を抜きにしては考えられないからだ。
連載の2回目は、この「人生前半の社会保障(公的扶助)の充実」というテーマを考えるところから始めよう。
人生前半期の社会保障(公的扶助)を充実させるという考え方は、実は、今の日本社会の状況を考えるとかなり刺激的でリスキーな発想だ。2006年を境に日本は「人口減少社会」に突入している。それは、中長期に渡って15歳~65歳までの生産年齢人口(現役世代)と15歳以下の年少人口が減り続け、逆に65歳以上の高齢者が増え続けるというこれまで近代日本が経験したことのない社会だ。この人口減少社会のもたらす“負のスパイラル”については、既に多くの識者によって語り尽くされており、私たちも日常の皮膚感覚で気づき始めている。負のスパイラルとは、端的に言えばこういうことである。「生産年齢人口の減少によって、社会全体の生産・消費活動が縮小し、それに伴い国や自治体の財政規模も必然的に縮小する、にもかかわらず、医療や社会保障費は拡大し続け、私たちの暮らしは、いずれ破綻する」。もちろん、既存の社会システムの温存を前提とするならば、という条件付きではあるが。
このような「人口減少社会」の負のスパイラルを踏まえれば、「人生前半期の社会保障の充実」という政策の推進に対しては、次のような反論が当然に予想される。「団塊の世代が後期高齢者となり、黙っていても年金や介護など社会保障費が著しく増大することは誰の目にも明らかだ。思春期の青少年や本来なら自立しているはずの若者にまで社会保障費を配分している財政的余裕などないのではないか」。
この反論に対して、説得力のある応答をするためには、次の2つの命題を論証して見せる必要があるだろうと私は考える。
(1)青少年育成や若者自立支援に「投資」することが社会経済の活性化や活力の維持に結び付くということ
(2)人生前半期の社会保障を充実させることが、中長期的に見て社会保障費総体の抑制につながるということ
この2つの命題の論証の際にヒントとなるのが、スウェーデンなど北欧諸国の社会保障制度だ。例えば、本年7月9日の朝日新聞において、北海道大学教授の宮本太郎氏が『「強い社会保障」って?』という特集ページで次のような見解を披露している。
『北欧型の社会保障は、人々が失業や病気、出産や介護などで仕事ができなくなり、元気を失う前に支援しよう、若い世代に教育や技能取得の機会を与えよう、というものだ。この「翼の社会保障」が、結果として「強い経済」と「強い財政」を実現している。これが「強い社会保障」ではないか。逆に、人々が元気をなくしてしまった後に現金給付や休業補償をする「殻の社会保障」は、支出が多いほど経済の足を引っ張り、課税ベースを縮小させ、財政を不安定なものにしてしまう。これは、「大きな社会保障」であっても、「弱い社会保障」だ。』
宮本教授が北欧諸国において“実現している”と指摘する「強い社会保障」と「強い経済」、「強い財政」の良き循環が、急速に生産年齢人口の減少が進む日本社会においても適応できるかどうかを、にわかには検証することは難しい。
ただし、この宮本教授の見解は、先に挙げた2つの命題を論証し、日本社会が人口減少社会の負のスパイラル、すなわち将来の暮らしの破綻から抜け出すための、とても魅力的な羅針盤であることは間違いないだろう。そして「子ども・若者育成支援推進法」の施行とは、まさにこの羅針盤に従って、日本の社会保障の仕組みを「殻の社会保障」から「翼の社会保障」へと転換するためのステップ・ボードであるという見方もできる。
また、私たち自治体職員の立場からすれば、「強い社会保障」と「強い経済」、「強い財政」の連動といったマクロな社会経済の議論だけではなく、それぞれの依って立つ都市や地域社会全体を、この法律を施行することでどのように成長・発展させていくのかということも大切な命題になるはずだ。例えば、人口減少社会の負のスパイラルから脱するために、困難を抱える青少年や若者の持つ潜在的な力を、地域経済の活性化や都市再生などにどのような形で活かしていくべきかという点一つとっても議論のタネは尽きないだろう。
いずれにしろ、この人口減少社会のただ中で、「人生前半期の社会保障の拡充」を訴える「子ども・若者育成支援推進法」とは、私たちの社会の将来のあり方を考える上で、とても大切な論点を沢山に内包している法律なのである。
しかしながら世間一般では、この法律の制定や施行そのものがあまり知られていないし、関心も低い。例えば、同じように今年度から始まる国による子供・若者支援のための施策「子ども手当て法」とは雲泥の差があるといえる。
「子ども手当て法」は、現政権下の重要政策として、民主党のマニフェストに掲げられた時点から、マスコミなどのメディアで喧伝され、多くの市民の関心を惹きつけてきた。子育て中の家庭ならば広く、あまねく(賛否はあるものの)「現金給付」という形でその恩恵が行き渡ることが、誰の目からも明らかだったからである。すなわち、最終的に幾ら支給されるのかとか、財源をどのように確保するのかなどの問題も含めて、市民一人ひとりにとって、日常の生活に直結するリアルな「自分ごと」として捉えることが出来るからだ。
これに対して、「子ども・若者育成支援推進法」の場合は、(1)引きこもりやニートなど特定の対象者に法の効力の範囲が限定されているように読める、(2)理念法の性格が強いため、法施行による影響が市民の日々の暮らしにどのような形で現れるのかが判然としない、などの理由から、当事者の若者とその家族や支援者以外にとっては、法律の存在そのものについて興味関心が湧きにくいという「くびき」を背負っているように思える。
従って、「子ども・若者育成支援推進法」の施行に関連する施策や事業に携わる自治体職員や若者支援のNPOスタッフは、この法律が制定された意味や必要性について、相互に語り合い、また広く市民に情報発信をすることで、「この法律が、私たち一人ひとりの今と将来の生活に深く結びついているのだ」と言う事をたゆまず、理解を求め続けていく必要がある。法律の認知度や理解度をアップするための活動を続けることなしには、この法律を社会に根付かせ、社会の課題を現実的に解決していくための武器としていくことは難しい。
ちなみに、この法律の重要な特徴の一つとして、条文の19条(>>内閣府「子ども・若者育成支援推進法」 解説ページ)で制定されている「地域協議会の設置」や「若者支援計画の策定」などその肝に当たる部分を、県や市町村の努力義務(やりたければ、やりなさい)とするなど、運用そのものを自治体の裁量に任せている部分が多いということが挙げられる。それを地方分権と言ってしまえば聞こえは良いが、市民がこの法律について関心を持たなければ、自治体によっては法律の施行に関して様子見を決め込んだり、形だけ整え適当にやり過ごしたり出来るカラクリにもなっているということも、私たちは心に留めておくべきだろう。
横浜市は、「子ども・若者育成支援推進法」の制定を重要なものとして受け止め、「子ども・若者支援地域協議会」の設置を始めとして法律の趣旨を活かした子ども・若者支援のための施策や事業に全力を挙げて取り組もうとしている。同時にそれだけでなく、この法律の存在について多くの市民に知ってもらい、市民と共にこの法律に基づく施策や事業を運営していきたいと考えている。
今回、ハマトリアム・カフェにおいて「超訳-こども・若者育成支援推進法」の連載を始めたのも、その一環である。
「連載その1及び2」を読んで頂ければ明らかなように、この連載は、法律の条文を解釈することを目的にしたものではない。この企画の主たる目的は、子ども・若者育成支援推進法が成立した「社会的背景-私たちの一生をリスクと不安に満ちたものにしてしまった90年代後半以降の社会の構造的な変化-」を明らかにし、「人口減少社会がもたらす負のスパイラル」などに象徴される私たちの社会が、将来に向けて立ち向かうべき根源的な課題を明らかにすることにある。その上で、このような根源的な社会課題が子どもや若者についてどのような形で現れているのかを考察し、この法律によって解決すべき方向性を模索することである。
そして、何よりもその解決の方向性に基づいて横浜市が若者自立支援や青少年育成についてどのように取り組んでいくのかを市民に対して、そして全国の同志に向けて発信していくことにある。
「超訳-子ども・若者育成支援推進法」の連載にあわせて、ハマトリアム・カフェ上に、「論’s ROOM-こども・若者育成支援推進法-」のコーナーを立ち上げたのは、私たちとは異なる立場でこの法律を解釈し、実践を組み立てようとする他の自治体やNPO団体、研究者の方々、そして何よりもこの法律の当事者である子どもや若者からの投稿を求め、応答、交歓するための場を創りたかったからである。
一体、私たちはこの法律に基づいて、何をすれば良いのか、またこの法律は私たちに何をもたらしてくれるのかという「問い」である。
ハマトリアム・カフェのこの「論’s ROOM-こども・若者育成支援推進法-」のコーナーが、「問い」に対して「それはこういうことだ」と簡単に決着を付けてしまうのではなく、関係者が各々の意見や見解を自由に交換することで、「問い」を点火し、それぞれの実践を通じて「問い」を持続し、さらには見知らぬ他者にまで「問い」を解き放つための場になれば良いと願っている。
魯迅も言っている。「思うに希望とは、もともとあるものだとも言えないし、ないものだとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ」
横浜市こども青少年局青少年育成課担当係長
関口 昌幸